
前回の記事で脳卒中に関する病態やその予防について解説させてもらいました。今回は、脳血管障害(以下、脳卒中)の発症や事故後に併発する可能性のある、高次脳機能障害について解説していきます。医学を勉強中の学生さんや医療系資格の取得を目指している方なども勉強の一助になれば幸いです。
高次脳機能障害とはどんな障害なのか?
高次脳機能障害とは、脳卒中などの病気や事故などによる頭部外傷によって脳が損傷し、その後に後遺症として言語・記憶・注意・学習・思考などの人間だけが持つ高度な脳機能(高次機能)に障害が生じている状態をいいます。
脳への損傷程度によっては日常生活を送ることが難しくなる場合もあります。
高次脳機能障害でみられる主な障害(症状)としては
失語症、失行症、失認症、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会行動障害などがよく知られています。
脳卒中などの病気を発症した場合、病院では高次脳機能障害という名称で症状についての説明を受けると思いますが、この高次脳機能障害という名称、本来日本では認知機能、知的機能と同義語として使用されています。
平成13年頃より提案された概念であり、認知機能障害の中で失語症と介護保険適応となる障害を除外したものを総称するために、厚生労働省が提唱したものです。
なので、あくまで行政用語であり、日本のみでしか使用されていない(海外では全く通じない)用語ですので、その点注意が必要です。
また、高次脳機能障害支援モデル事業の調査により、特に記憶障害、遂行機能障害、注意障害、社会的行動障害により日常生活が困難となっている人が多いことが明らかとなりました。
それらを元に、「高次脳機能障害の診断基準」が作成され、上記4つのみを高次脳機能障害としました。
つまり、記憶障害、遂行機能障害、注意障害、社会的行動障害(自発性低下、脱抑制、感情障害など)以外は高次脳機能障害に当てはまらず、認知機能障害の概念に含まれることになります。
ですが今回は、一般的によく知られる症状を簡単に説明していきます。
高次脳機能障害で生じる多彩な症状とは?
注意障害とは
様々な刺激に対して気が散りやすい状態になったり、一つのことに集中できなくなる。また、作業中にぼんやりしたり、声掛け後の反応が遅かったりすることがある。
記憶障害とは
新しい出来事を覚えることができず、すぐ忘れてしまったり覚えたことを思い出せなくなる。また、物事を上手に覚えることができなくなる。
遂行機能障害とは
作業の取り掛かりで何から始めていくかを計画することができなくなったり、衝動的な行動となり要領が悪くなる。また、無関心で受身的になりがち、自己評価できず自らの行動を修正できない。
社会行動障害とは
物事への興味・関心がなくなり、性格は子供っぽくすぐ人を頼ったりする。また、感情コントロールが不十分となりやすく怒りやすい、周囲に合わせた行動などがとれなくなる、空気を読むことができなくなる。
失語症とは
話す、聞く、理解する、読む、書く、計算するなどの言語能力の全般が障害される。うまく言葉がでない、理解に時間がかかるなどコミュニケーションにかなり支障をきたす。
失行症とは
いつも生活で行っている当たり前の動作ができなくなる、意図した操作や指示されたこと一連の動作が難しくなる、特定の動作のみできなくなることもある。
失認症とは
知っている人の顔がわからなくなる、馴染みのある音を聞いてもわからなくなる、目で見ただけではその物体が何かを認識することができなくなる。
などの様々な症状が出現します。
高次脳機能障害の治療とは?
治療に関しては、リハビリテーションが基本になります。
具体的には理学療法、作業療法、言語療法などの国家資格を持った専門家による、医学的根拠に基づいた治療を受けます。
高次脳機能障害を発症していても、その症状に本人が気づかないこともあり、一般的にその病態は目に見えません。
そのため、スムーズに治療を行うためには専門的知識をもったセラピストが継続的に治療していくことが重要となり、自宅復帰後もうまく治療につなげるために周囲(家族ぐるみで)が働きかける必要があります。
また、高次脳機能障害を罹患されている患者さんの中でも高いレベルを有している方に関しては、社会復帰を支援するため日常生活・社会生活に必要な動作練習や評価を行うこともあります。
高次脳機能を効果的に回復させるためには?
1.体を動かす!
わずか10分間の軽運動でも、脳の中の注意・集中、判断、計画・行動能力などの認知機能(実行機能)を支配する部位の活動が高まることと、実行機能が実際に高まることが世界で初めて科学的に確認されています。
2.頭を働かせる!
世の中に数多くある非薬物療法ですが、その中できちんとした実証のもと科学的なエビデンス(根拠となる情報)がある療法は実はそう多くありません。「学習療法」は、科学的なエビデンスがある非薬物療法です。
2001年頃より始まった学習療法の実践研究では、実験開始6か月後に明らかな差が見られ、高齢者の脳機能が改善されていくことがわかっています。
3.手工芸:スムーズな作業を!
手工芸を用いて教授方法の違いによる脳活動の違いを明らかにするため、脳の活動を計測した研究結果では、手工芸を教授するときに作り方の手順を示すことが、試行錯誤させるよりも広範囲に脳を賦活させ、脳の血流低下の改善に影響を与えることが分かっています。
これらの実践的方法を用いつつ様々な工夫を加えていき、高次脳機能障害の治療にあたることが有効であるとされています。
普段、一般の方がこういった症状や患者さんを目の当たりにすることはないかもしれませんが、近い立場にある方は、少しでも高次脳機能の理解と高次脳機能障害によって起きる生活障害を理解し、病気を患った患者さんが体験している世界を想像することで、今後の私たちの言動(言葉や動き)が変わってくるはずです。